「神に愛された者の行先」
(マタイによる福音書10:34-42)
イエスが弟子たちに語る言葉はときに厳しいものがあります。今回、読まれるマタイ10:34―42で語られるイエスの言葉はその一つに挙げられます。イエスは弟子たちに向かって、自分に従うことによって彼らが家族から離れることを預言します。カルト宗教における入信を想起させるものがありますが、今回、イエスが弟子たちに示す言葉と旧約聖書で神が信仰の父と呼ばれるようになったアブラハムに対して語った言葉と類似する箇所があります。創世記12:1-3にこのように記されています。
「主はアブラムに言われた。『あなたは生まれた地と親族、父の家を離れ私が示す地に行きなさい。私はあなたを大いなる国民とし、祝福しあなたの名を大いなるものとする。あなたは祝福の基となる。あなたを祝福する人を私は祝福しあなたを呪う人を私は呪う。地上のすべての氏族はあなたによって祝福される。』」
アブラハムは神から地縁、血縁を遠ざけるよう勧められて旅立つのですが、その後、アブラハムが神から与えられた出来事を見るとき、「アブラハムの人生は豊かだった」と思う人は多いように思います。創世記12:3に記されている「あなたを祝福する人を私は祝福しあなたを呪う人を私は呪う。地上のすべての氏族はあなたによって祝福される。」とマタイ10:40に記されている「あなたがたを受け入れる者は、私を受け入れ、私を受け入れる者は、私をお遣わしになった方を受け入れるのである。」が響き合います。神の示す方向へ歩むとき(イエスに従うとき)、従う者とそこで出会う人々との出来事を神は祝福されるということを今日の福音として受け取りたいと思います。
(執事ウイリアムズ藤田 誠)