約束と警告
(ルカによる福音書6章17~26節)
イエスは、幸いな人々と、不幸な人々について、教えを語られます。これらの教えは、神とイエスと共に生きようと望むキリスト者に、大切な自覚を与えます。
「貧しい人々」「飢えている人々」「泣いている人々」「主のために迫害される人々」は幸いである、とイエスは語ります。貧しさや飢え、泣く状況や迫害の状況が幸いなのではありません。そうではなく、そのような状況にある人々が、「神の国に入り」「満たされ」「笑い」「天の大きな報いにあずかる」ことが、<約束>されているから、幸いなのです。ここには、救いの約束があります。
一方、イエスは、「富んでいる人々」「満腹している人々」「笑っている人々」「すべての人にほめられる人々」は不幸である、と語ります。これらの人々は、イエスの活動していた当時、「財産所有者」や「権力者」、「支配者」や「上位階級者」たちでした。彼らが絶対の価値とする「富むこと」や「満腹すること」、「満足や快楽のゆえに笑うこと」や「賞賛されること」が、実は絶対の価値ではなく、その絶対性は、神の真理と愛の前では、<否定>されているから、彼らは不幸なのです。ここには、悔い改めの警告があります。神の真理と愛こそ、絶対の価値としなさい、という警告です。
この、幸いと不幸、というイエスの教えを通して示される、救いの約束と悔い改めの警告は、キリスト者が歩み続けていくための大切な基礎です。