新たに生まれなければ
(ヨハネによる福音書3章1~16節)
神の救いを待ち望んでいるニコデモというユダヤ人の議員がいました。彼はファリサイ派に属する人で、神の救いに与るためには、決められた掟や律法を守って実行することが第一の条件である、という立場をとって生きていました。しかしニコデモは、イエスの言葉や行いを知れば知るほど、イエスこそが神のみ心を現し、自分たちに救いをもたらす者ではないか、との思いを深めていました。
ニコデモはイエスに、「あなたが神のもとから来られた教師であることを知っています。神が共におられるのでなければ、あなたのなさるようなしるしを、だれも行うことはできないからです。」と言います。ニコデモはイエスの行った「しるし(奇跡)」を根拠に、イエスが神のもとから来た教師であると判断しました。
しかしイエスは、そのニコデモに、「はっきり言っておく。人は、新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない。」と言います。人は、奇跡によって証明される偉大な力に寄りすがり、その力をあてにすることで、救われるのではありません。救われ、神の国に入ることができるためには、人は、「新たに生まれなければ」ならない、とイエスは言います。それは自らの命を変えること、生き方を変えることです。
この、新たに生まれる出来事は、神より注がれる聖霊によって現実のものとなります。聖霊の力と働きを信じ、その聖霊によって自らが神の命のうちに新しく生まれることができることを、知らなければなりません。